わが国組織の弱点と360度評価

以前、戦略マネジメントの項目で、1990年代には、容易に模倣されない経営資源を見定め、自社の競争力の源泉としていくリソースベーストビューが流行したことを紹介しました。このリソースベーストビューが世界的に流行した背景には、80年代を中心とするわが国企業の興隆がありました。
もちろん、全てのものごとの長所と弱点は表裏一体です。

リソースベーストビューの弱点(すなわち、典型的なわが国企業の弱点といってもいいかもしれません)は、それぞれの事業部なりの現場を強くコントロールできる考え方がないことから、だらしのない多角化になりやすいということにあります。

 最近でこそ、資本コスト率以上の利益率をださなければならないなどの議論が一般的にみられるようになり、各事業等へのコントロールも強くなりつつあるようです。しかし、それでもなお、わが国企業の内部に存在する様々な小集団の内在的な論理を過度に尊重する傾向は否定できないように思います。

このような中で、わが国企業にも、行政組織にも、360度評価が導入されつつあります。360度評価は、上司だけの評価ではなく、部下や同僚などによって多面的に評価するものです。これをどう考えればいいのでしょうか。

わが国企業の場合には、他国の企業と比べた場合には多少弱いかもしれませんが、それでも企業戦略が存在し、その下で財務指標を中心としたコントロールが機能する余地は大きいと思います。

問題は、行政組織です。どの組織でもタテ割りは有名ですが、これに加え、人事管理上のグループ分けに基づくヨコ割りがある場合もあります。その結果、組織内はいわば格子割りのように小集団が割拠する状態になってしまいます。

気をつけなければならないのが、360度評価が組織内の各小集団の内在的な論理を強める方向に働きかねないことにあります。

なぜなら、360度評価は、いわば格子状に形成されるそれぞれの小集団に嫌われたら「とばされる」という印象を与えかねないからです。360度評価の被評価者をして各小集団の内在的な論理にすり寄らせる力学が働きかねないのです。
もちろん、現実には常識的な方々が多いので、このようなことは心配には及ばないかもしれませんし、そうであって欲しいと切に願うところでもあります。

ともあれ、だからこそ、行政組織の場合には、この内在的な論理の暴走を抑えるためにも組織戦略が非常に重要となるのです。

 すなわち、あらかじめ組織戦略を明示して、それに則っている限りでは、内在的な論理と多少の摩擦が生じることとなってもOKとしなければ(もちろん、常識的な範囲でという限定は付きますが)、被評価者は誰も正論的な方向での努力をしなくなってしまうように思います。
敢えて例を挙げるとすれば、業務の効率化です。業務の効率化に向けた努力は、行政では様々な思惑から多くの職場で嫌われることが多いと思います。効率化したらヒトが減らされる、予算が減らされるという恐れを抱かせるからです(これをいかに回避するかが実務上の最大の論点ですが、これは別項目で述べます)。そして、これを被評価者からみれば、例え気がついていても、うまく折り合いをつけて任期を過ごせばいいや、あえて指摘して嫌われるのもなあと考えるのが合理的ということになります。
このようなことから、仮に業務の効率化が必要であると考えるのであれば、これを組織戦略に位置付け、正当な評価を与えるべきなのです。中途半端にお題目だけを掲げ、その方向で努力をした人間を「あいつは評判が悪い」と整理して、次々に討ち死にさせるような扱いを繰り返すことになればどうなるでしょうか。ポーズはしっかりとりつつも、誰も本気ではやらなくなるでしょう。その方が合理的だからです。
しかし、これを納税者の目線で考えればどうでしょうか。財政が厳しいはずなのに、なんだかなあと思うのが自然でしょう。

 もちろん、360度評価にはいい点がたくさんあります。客観的な評価であるべく努力がなされていることや、本人にきちんとフィードバックされることなどは、これまではなかっただけに評価されてしかるべきでしょう。以上は、そういう点を認めた上での議論です。もちろん、単なる杞憂で終わることを切に願っています。