ワイズ・スペンディングの実現にむけて(ワイズ・シーリングのすすめ)

近年、ワイズ・スペンディングという用語が新聞紙上でよく見受けられます。ワイズ・スペンディングには、2021年の骨太の方針でいわれているようなEBPM(Evidenced Based Policy Making)を活用した政策効果の高い「賢い支出」という意味と、ケインズが述べた中長期の成長につながるような不況対策という意味があるようです。

このどちらもが重要であることは論を待たないでしょう。しかし、「じゃあ、これをどのように実現していくのか。」これを考えると途方に暮れかねません。というのも、前者の場合には、EBPMの基礎とされているロジックモデルですら、現在の行政ではうまく構築できないことが多いからです(後者の問題はここでは省略します)。

なぜ、行政ではロジックモデルが構築できないことが多いのか。そ答えは、行政が様々な様相を呈していることにあります。確かに、一部の行政にはこれがバッチリあてはまるケースもあります。しかし、複雑な因果関係を伴うなどの場合にはロジックモデルの構築は難しくなります。これは、様々な様相を示している企業活動が一つのモデルでは表現しきれないことを考え合わせればご理解いただけると思います。

では、ワイズ・スペンディングはやはり難しいのでしょうか。管理人1としては、そんなことはないと考えます。EBPM(あるいはロジックモデル)という方法論が有益だとしても、これだけでは間尺に合わない場合もあるでしょう。でも、方法論はこれだけではありません。実はワイズ・スペンディングに活用できる方法論としては、EBPMに加え、公共事業分野で1990年代後半からいわれるようになった費用対効果(Benefit/Cost)分析、医療分野で2010年代にいわれるようになった費用対効果評価、更にこのHPでたびたび言及している、一般行政、教育や病院経営に活用可能な事務量マネジメントなどを始めとする行政管理会計があります(行政管理会計の中に費用対効果分析などを含むか否かは整理の問題なので、ここではこだわらないでください)。
もちろん、先述のように行政には様々な様相があることから、方法論もその様相に応じ様々なものとなるでしょう。事務量マネジメントですら細かく見れば様々なものになると思います。また、今後、様々な方法論の新しい組み合わせから新たな方法論が編み出される可能性もあるでしょう。

因みに、これらの方法論経営管理手法あるいは管理会計手法ともいいます)は我々社会の歴史的な要請のもとで発展してきました。表面上は様々な形を示しながらも、そこで使われる個別の方法論は管理会計論において既に紹介されてきたものが多いのです。ほとんどの方法論は過去の蓄積の上に構築されてきているといってもいいでしょう。また、そうでなければ管理会計論を学ぶ意味はありません(このような観点から、2020年の拙編著『行政管理会計の基礎と実践』では個別の方法論についてとりあえず一覧表の形で掲げています)。

それでは、行政組織において、ワイズ・スペンディングが求めるような、これらの方法論(経営管理手法あるいは管理会計手法)を実装していくためにはどのような方策が考えられるのでしょうか。

管理人1としては、以下に述べるような論理からシーリングに際してのひと工夫が有効な方策ではないかと考えています。

まず、これらの方法論を実装していくためのキモは、「行政管理会計:財務省国税庁におけるケーススタデイ」(PDF)で論じたように、行政組織の実質的なトップ(国税庁の場合は長官、税関の場合は関税局長など)の継続的なリーダーシップにあると考えます。これが確保されないと、マネジメント改革に向けた部内的な努力をしている勢力が包囲殲滅されてしまうからです。

それでは、行政組織の実質的なトップに関心を持ってもらうためにはどうすればよいでしょうか。ここに、シーリングが活用できると考えます。

例えば、全省庁に横並びで定員管理や予算管理においてシーリング(予算要求の上限のこと)を厳しめに設定し(例えば各年△2%とする等)、マネジメント改革に向けた自らの努力について行政組織のトップが査定当局に対してうまく説明できた場合には多少のインセンティブ措置(例えば2年間±0%等)を講じることが考えられます(このようなシーリングに際してのひと工夫を、ここではワイズ・シーリングと呼ぶことにします)。
ここでのミソは、行政には様々な様相があり、自らに合った方法論は各組織で考えるのが基本となるでしょうから、方法論はそれぞれの行政組織で編み出させた上で、それを行政組織のトップに説明させることにあります。このように行政組織のトップによる説明を介在させることで、行政組織のトップにマネジメント改革への関心を持たせることができます(ちなみに、行政組織のトップは通常、政治との調整を主なキャリアとしており、マネジメント改革の経験がないのが一般的です)。
同時に、このようなマネジメント改革はやはり仮説・検証というプロセスを経ていく必要があります。当初はうまくいくように見えても、結果が伴わない場合も出てくるでしょう。だからこそ、例えば2年間といった期間限定のインセンティブ措置にする必要があるのです。効果があった場合には更に次の2年間継続させて効果を見極めればいいし、そうでない場合はインセンティブ措置をとりやめればいいだけだと思います。

仮にこのようなワイズ・シーリングができれば、わが国行政の傾向を踏まえれば、雪崩を打ったように2~3年でワイズ・スペンディングのための方法論が一気に広まることとなるでしょう。実装化に向けては多少の試行錯誤が必要だとしても、数年で行政組織のマネジメントは様変わりしていくと期待されます。

ワイズ・スペンディングの重要性や必要性を踏まえれば、管理人1としては、これらの方法論(費用対効果分析費用対効果評価EBPM事務量マネジメント等)の発展やヨコ展開、更には新しい方法論の構築等において、私ども東京大学公共政策大学院には一定の役割が期待されているように思います。それぞれの方法論の第一人者も存在します(事務量マネジメントについては多少盛っています)。

このようなことは新任教員が着任早々に申し上げるべきことではないかもしれませんが、根拠があれば自由闊達に意見をいえる大学ということで、お許しいただければと思います。次回は、ワイズ・スペンディングの次に来ると思われるものについて述べたいと思います。